スイス・ヴァレー州の山岳リゾート、サースフェー(Saas-Fee)。ここは、スイス国内最高峰のドーム山 (4545m) *をはじめ、4000m級の名峰が連なるミシャベル山群に囲まれた、まさにアルプスの絶景を満喫できる場所です。そのサースフェーの隣町、サース=グルント(Saas-Grund)には、スイスアルプスを一望しながら楽しめる人気のヴィア・フェラータ、「イェギホルン(Jägihorn, 3206m)」があります。
以前、イタリア・ドロミテで初めてヴィア・フェラータを体験し、そのスリルと爽快感にすっかり魅了されました。そこで今回は、スイスで初めてのヴィア・フェラータとして、このイェギホルンに挑戦することにしました。しかも難易度はK5。スイスでも屈指のチャレンジングなコースとして知られています。果たして、どんな景色と冒険が待っているのでしょうか。
⚠️ スイス国内最高峰は?
「スイス最高峰」と聞くと、スイスとイタリアの国境にあるモンテ・ローザ連山・デュフール主峰(4634m)を思い浮かべる方が多いかもしれません。一方、山頂がスイス国内のみにある山として最も高いのは、ミシャベル山群のドーム山(4545m)です。サースフェー周辺では、このドーム山をはじめ、数多くの4000m峰を間近に眺めることができます。
サースフェーからイェギホルンへのアプローチ
今回のルートは、サースフェー → サース=グルント → ロープウェイでクロイツボーデン(2400m)→ ヴァイスミース小屋(Weissmieshütte)→ イェギホルン・ヴィア・フェラータ取り付き、という流れです。ロープウェイで標高を一気に稼げるため、標高3206mの山とは思えないほどアクセスが良く、日帰りで十分楽しめます。
そもそもヴィア・フェラータとは?
ヴィア・フェラータとは、岩壁にワイヤーロープや金属製のステップ、梯子などが設置された登山ルートのことです。一般的な登山よりもクライミングの要素が強く、岩壁を登るスリルを気軽に味わえるのが魅力です。
必要な装備
- ハーネス
- ヴィア・フェラータ用ランヤード(専用ショックアブソーバー付き)
- クライミング用ヘルメット
- 登山靴またはアプローチシューズ
- グローブ
今回はヴィア・フェラータ用ランヤードを使わずに、クライミング用のスリングと安全環付きカラビナで代用しました。靴は普段使っているLa Sportiva Boulder Xで登りました。なお、ルートによってはヘッドライトなど追加装備が必要になる場合もあります。
👉🏻 イタリア・ドロミテで体験したヴィア・フェラータの記事はこちら。
快晴のサースフェーで迎えた朝
前日に歩いたツェルマットの Stockhorn : Arête W では、かなりハードな一日を過ごしましたが、この日も朝から見事な快晴。サースフェーの空には雲ひとつなく、今日も素晴らしい一日になりそうです。……とはいえ、前夜は同室だったフランス人ご夫婦の豪快ないびきのおかげで、何度も目が覚めました 😬 それでも、以前歩いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼(ポルトガル人の道)で経験した"最強クラス"に比べれば、まだかわいいものです 😂
朝の静かなサースフェーを散策
宿泊したwellnessHostel4000の朝食は7時30分から。少し時間があったので、朝食前に静かなサースフェーの村を散策してみました。村は谷の奥にあるため、歩いていると高い山々が視界を覆い、意外にも周囲の4000m峰はあまり見えません。その代わり、部屋の窓からは、朝日に照らされた真っ白なアラリンホルン(4027m)が青空にくっきりと浮かび上がっていました。朝からこんな景色を眺められるのも、アルプスの山岳リゾートならでは。この景色だけでも、サースフェーを訪れた価値があると感じました。
朝食の時間にホステルへ戻ると、食堂にいた宿泊客はわずか8人ほど。人気リゾートなので混雑を覚悟していましたが、とても静かで驚きました。もしツェルマットに泊まっていたら、こうはいかなかったでしょう。しっかり朝食を食べてエネルギーを補給し、いよいよ出発です。
サース=グルント (Saas-Grund)
サースフェー・バスターミナルからポストバスに乗ること約8分。あっという間にサース=グルントへ到着しました。ロープウェイ乗り場までは徒歩3分ほどなので、とても便利です。宿泊者にはシチズンズ・パスが配布され、夏季はサースフェー周辺のポストバスや多くのロープウェイが無料になります。物価の高いスイスでは、本当にありがたい特典です。
※フェルスキン〜ミッテルアラリンを結ぶ地下ケーブルカー「メトロ・アルピン」は別料金です。
ちなみに、ポストバスや列車の時刻はSBB Mobileで確認しました。スイス旅行では欠かせない便利なアプリなので、これから訪れる方にはぜひおすすめします。
標高2400m・クロイツボーデン(Kreuzboden, 2400m)
午前9時。ロープウェイで一気にクロイツボーデン(2400m)まで上がります。同じゴンドラに乗り合わせたスイス人のご年配ご夫婦から、「明日は曇って寒くなるよ。」「この辺りではマーモットも見られるよ。」と、現地ならではの情報をたくさん教えていただきました。旅先での何気ない会話は、ガイドブックには載っていない情報ばかり。こういう出会いも海外旅行の楽しさですね。
アルプスの絶景ハイキング
クロイツボーデンからヴァイスミース小屋(Weissmieshütte, 2726m)までは、歩きやすい登山道が続きます。朝はまだ日陰が多く、涼しい空気の中を歩けるため、とても快適です。振り返れば4000m級の山々。見上げればどこまでも続く青空。目的地に向かって歩いているだけなのに、まるで絶景ハイキングを楽しんでいるようでした。途中には、ヴィア・フェラータへ向かう人たちの姿もちらほら。その中のスイス人の母娘さんとは、このあと山頂で再会することになるのですが、この時はまだ知る由もありませんでした。
まさかのルートミス…
ヴァイスミース小屋を過ぎると登山道がいくつかに分かれます。ところが、イェギホルン・ヴィア・フェラータを示す案内板が見当たりません。「このままで本当に合っているのかな?」少し不安になりながら歩いていると、前方から父娘さんが下ってきました。
思い切って道を尋ねると、「もう入口を通り過ぎていますよ。」とのこと😅
どうやらヴァイスミース小屋を少し登った場所から左へ入り、小さな橋を渡ってイェギホルン方面へ進むのが正しいルートだったようです。危うくそのまま歩き続けるところでした。
さらに驚いたことに、お父さんの奥様は日本の方とのこと。海外の山で、こんな偶然の出会いがあるとは思いませんでした。
教えていただいた通りに戻って歩くと、ようやくイェギホルン・ヴィア・フェラータの案内板を発見。ほっと胸をなで下ろしながら、いよいよスタート地点へ向かいます。
ついに取り付きへ
取り付きは谷の右側にあります。まずは右岸の岩壁を登り、その後、名物の吊り橋で谷を横断。そこから一気にイェギホルン側の岩壁を登り、標高3206mの山頂を目指します。
スタート地点から振り返ると、先ほど歩いてきたヴァイスミース小屋、そしてクロイツボーデンのロープウェイ駅がはるか下に見えました。さらに視線を遠くへ向けると、アラリンホルン(4027m)やドーム山(4545m)をはじめ、4000m級の名峰がずらり。
「これだけでも来た価値がある。」そう思えるほど、息をのむようなアルプスの大パノラマが広がっていました。そして、いよいよスイス屈指の難関ヴィア・フェラータへ足を踏み入れます。
いよいよスタート!スイス屈指のヴィア・フェラータへ
10:30 Via Ferrata Jägihorn(3206m・難易度 K5)
ヘルメットをかぶり、ハーネスと簡易的なヴィア・フェラータ用ランヤードを最終チェック。いよいよ、イェギホルンのヴィア・フェラータが始まります。
この日のルートには10人ほどが取り付いていましたが、皆さん譲り合いながら登っていたので渋滞はほとんどありません。途中で先に行かせてもらうこともでき、終始気持ちよく登ることができました。岩は赤茶色を帯びていて、これまで登ってきたアルプスの岩場とは少し違う印象。青空とのコントラストも美しく、歩き始めた瞬間から気分が高まります。
4000m峰を眺めながら高度を上げる
登るにつれ、目の前にはアラリンホルン(4027m)をはじめとする雪をまとった名峰が次々と姿を現します。振り返ればサース谷がどんどん遠ざかり、自分が少しずつ空へ近づいているような感覚になります。
写真では分かりにくいのですが、この日はイェギホルンの岩壁でマルチピッチクライミングを楽しむパーティーも見かけました。後で調べてみると、SAC(スイス山岳会)の資料にはイェギホルンに5本のクライミングルートが掲載されており、おそらく彼らが登っていたのは「Alpendurst(4c・13ピッチ・約300m)」だったのではないかと思います。ヴィア・フェラータだけでなく、本格的なロッククライミングも楽しめる山なのですね。
名物の吊り橋が見えてきた!
高度を上げるにつれて、このルート最大の名物が姿を現しました。谷を横断する、長い吊り橋です。遠くから見ても迫力満点。ちょうど橋の中央を歩いている人が小さく見え、「次はあそこを渡るのか…」と思うと期待と緊張が入り混じります。
ルート自体は、クライミング経験者なら極端に難しく感じることはありません。とはいえ、岩登りが初めての方なら、ところどころ腕を使う場面もあり、少し苦戦するかもしれません。それでも、周囲に広がる4000m峰の絶景が疲れを忘れさせてくれます。天気にも恵まれ、まさに最高のコンディションでした。
登ったと思ったら…まさかの急降下!
順調に高度を上げてきたと思ったら、今度は一気に下り始めます。「あれ?せっかく登ったのに?」と思いましたが、その理由はすぐに分かりました。谷を渡る吊り橋へ向かうため、一度高度を下げる必要があったのです。
近くのルートにもヴィアフェラータで岩場を登っている他パーティの姿も見えます。
想像以上にスリル満点だった吊り橋
そして、いよいよ名物の吊り橋へ。正直なところ、少し甘く見ていました。「橋を渡るだけでしょう。」そんな気持ちは、一歩目で吹き飛びます(笑)。
思っていた以上に橋が揺れるのです。しかも、微妙に傾いている…。歩くたびに足元が沈み込み、ときには予想外のタイミングで橋全体が揺れます。今回は、専用のヴィア・フェラータ用ランヤードではなく、スリングを使った簡易ランヤードを使用していたため、カラビナをワイヤーに掛け替えながら、一歩ずつ慎重に進みました。
ここで改めて感じたのが、ランヤードの長さの重要性です。スリングには伸縮性がないため、短すぎると体の動きが制限されてしまいます。一方で、長すぎると別の問題がありました。ワイヤーにつながっているはずなのに、ランヤードにほとんど張りがなく、自分を支えてくれている感覚がありません。少しでも抵抗があれば「もし揺れてもワイヤーが支えてくれる」という安心感がありますが、長すぎると、まるでランヤードを付けていない状態で吊り橋を渡っているような感覚になるのです。以前、ドロミテで使用したショックアブソーバー付きのヴィア・フェラータ専用ランヤードは、適度な長さと伸縮性があり、このような場面でも安心して動くことができました。同じヴィア・フェラータでも、装備によってここまで快適さや安心感が変わるとは思っていませんでした。今回の吊り橋では、改めて道具の重要性を身をもって実感しました。
橋を渡り終えた人たちが思わず歓声を上げていた理由も、自分で渡ってみるとよく分かります。「これは叫びたくなるな🤣」そんな気持ちになるほど、スリル満点の吊り橋でした。
本当の核心は吊り橋の先にあった
個人的に一番印象に残ったのは吊り橋ですが、クライミングとして一番難しく感じたのは、その先に待っていた垂壁でした。この岩壁を、ワイヤーを頼りに登っていきます。体感としては、花崗岩のスポーツクライミングで5c+程度でしょうか。クライミング経験があれば楽しめるレベルですが、まったく岩登りをしたことがない方には少し難しく感じるかもしれません。以前登ったドロミテのSki Club 18(VF5B)よりも、こちらの方が「岩を登っている」という感覚が強く、本格的なクライミングに近い印象でした。
ちなみに途中で出会ったイタリア人のお二人は、吊り橋を避けるノーマルルートから登ってきたそうです。「そんなルートもあるんだ」と思いましたが、せっかくなら、このスリル満点の吊り橋を体験しないのは少しもったいない気もします😂
標高3206m、イェギホルン山頂へ!
12:15 Jägihorn(3206m)山頂到着
気がつけば、あっという間のヴィア・フェラータでした。スリルあり、絶景あり。期待していた以上に充実したルートです。そして山頂では、アプローチで出会ったスイス人の母娘と再会。「また会いましたね!」そんな笑顔の再会も、山ならではの楽しみです。お話を聞くと、お二人はヴィア・フェラータではなく、下山ルートとして使われるアルパイントレイルから山頂へ登ってきたとのこと。とはいえ、このルートも一般的な登山道ではなく、岩場の多い本格的なアルパイントレイルです。どちらを選んでも、決して気軽なハイキングではありません。
360度に広がるスイスアルプスの大パノラマ
山頂から見渡す景色は、まさに圧巻。ドーム山をはじめ、4000m級の名峰が幾重にも連なり、アルプスの壮大さを改めて実感します。ここまで登ってきた達成感も重なり、しばらく何も考えず景色を眺めていました。
「スイスで最初のヴィア・フェラータが、このイェギホルンで本当に良かった。」心からそう思える、大満足の山頂でした。このあとは、アルパイントレイルを利用してクロイツボーデンへ向けて下山します。……しかし、この下山が思っていた以上に大変だったことは、この時の私はまだ知る由もありませんでした。
山頂の絶景を満喫した後は、気の抜けない下山へ
山頂でしばらく景色を楽しんだ後は、クロイツボーデンへ向けて下山を開始します。ところが、この下りが思っていた以上に大変でした。前日に歩いたツェルマットのStockhorn : Arête Wの疲れがまだ残っていたこともあり、膝に違和感が…。登りでは気にならなかった疲労が、一気に表面化してきました。勢いよく下ることはできず、一歩一歩、膝の様子を見ながら慎重に歩いていきます。
まさかの道迷い…
ヴィア・フェラータは無事に終わったものの、最後まで気は抜けません。途中で一度、ケルン(積み石)とトレイルマークを見失い、気づけばルートを外れてしまいました。「あれ?何かおかしい…。」そう思って登り返してみると、ケルンがあることに気がつきました。結局、少し登り返して正しいルートへ戻ることに。疲れた足には、この登り返しがなかなか堪えました(笑)。アルパイントレイルは一般的な登山道よりも踏み跡が分かりにくい場所もあるため、最後まで油断は禁物ですね。
ようやく一般登山道へ
慎重に岩場を下り続け、ようやく歩き慣れた一般登山道へ戻ってきました。ここまで来ると一安心。……とはいえ、膝はすでにガクガクです 😬 近くを流れる小川で顔を洗い、冷たい水でリフレッシュ。持参した飲み水もちょうど残りわずかだったので、本当に助かりました。標高の高いアルプスでは、冷たい雪解け水が何よりのご褒美です。
初めて出会ったアルプスの住人
休憩していると、突然、岩陰から何かが動きました。「えっ!?」目を向けると、そこには一匹のマーモット。慌ててカメラを取り出して撮影します。丸々とした体に、愛らしい表情。アルプスらしい景色の中で出会えたこともあり、とても印象に残るひとときでした。そういえば、朝ロープウェイで一緒になったスイス人のご年配ご夫婦が、「この辺りならマーモットが見られるよ。」と教えてくれていました。まさか本当に出会えるとは思っていなかったので、思わず笑顔になってしまいました。旅先で交わした何気ない会話が、こうして現実になるのも楽しいものですね。
クロイツボーデンへ無事到着
14:00 クロイツボーデン(2400m)
長く感じた下山を終え、ようやくロープウェイ乗り場へ戻ってきました。振り返ってみると、イェギホルンのヴィア・フェラータは期待以上。スリル満点の吊り橋、登り応えのある岩場、そして目の前に広がる4000m級のアルプス。どれを取っても大満足の一日でした。
イェギホルン・ヴィア・フェラータ データ
スイスで初めてのヴィア・フェラータは、大満足の一本
今回歩いたイェギホルンは、「絶景」と「スリル」のバランスが本当に素晴らしいヴィア・フェラータでした。吊り橋のドキドキ感はもちろんですが、それ以上に印象に残ったのは、終始目の前に広がるスイスアルプスの大パノラマです。ドーム山をはじめとする4000m峰を眺めながら岩壁を登る体験は、日本ではなかなか味わえません。
クライミング経験者ならもちろん、ある程度山歩きに慣れている方なら、一生の思い出になる一本だと思います。
そして何より印象に残ったのは、ロープウェイで出会ったご夫婦や、道を教えてくれた親子、山頂で再会した母娘との出会い。美しい景色だけではなく、人との温かい交流も、この旅を忘れられないものにしてくれました。
さて、ヴィア・フェラータを満喫したあとは、朝に教えてもらった「あの場所」へ向かいます。ロープウェイをさらに乗り継ぎ、4000m峰を18座も一望できるという絶景展望台「ホーサース(Hohsaas, 3200m)」へ。
アルプスの絶景は、まだまだ続きます。
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