前日に登ったBergseeschijenに続き、この日も朝から雲ひとつない快晴。アルプスの朝は空気がひんやりとしていて、前日までの疲れも忘れてしまうほど気持ちのいいスタートです。ただ、この日の目的地は出発直前までなかなか決まりませんでした😆
いくつか候補が挙がる中で最終的に選ばれたのは、グリムゼルエリアでも人気の高いHandegg(ハンデック)にあるFair Hands Line(350m・最大6a/6a+)。1978年に初登された歴史あるルートで、1997年にリボルトされ、現在でも多くのクライマーに親しまれています。以前から一度は登ってみたいと思っていたルートだったので、行き先が決まった瞬間は素直にうれしかったのですが……「ガチでTDのルートを、リードで登ることになる」とは、この時はまだ深く考えていませんでした🤣
朝5時スタート。今日も長い一日が始まる
この日も起床は朝5時。朝食を済ませ、テントを撤収し、すべての荷物を車へ積み込みます。まだ静かなキャンプ場を出発すると、車窓には朝日に照らされたスイスアルプス。何度見ても、この景色には見飽きません。
目的地のHandeggは、グリムゼル峠へ向かう途中にあります。駐車場は、観光名所としても知られるGelmerbahn(ゲルマーバーン)の乗り場。少し分かりにくく、一度通り過ぎてしまいましたが😬、7時45分には無事到着しました。
世界屈指の急勾配ケーブルカー
この駐車場にあるGelmerbahnは、世界でも有数の急勾配ケーブルカーとして知られています。最大勾配は106%。数字だけでは想像しにくいですが、角度にすると約46度。まるでジェットコースターのような迫力で、観光客にも大人気です。クライミング目的で来た私たちも、思わず見上げてしまいました。
勾配というのは、1m進んで1m登る状態が勾配100%=45度。106%とは約46度になります。
アプローチはわずか15分
駐車場からケーブルカー駅を抜けると、アプローチは約15分。昨日の長い登山に比べると、驚くほど楽です。ただ、西向きの岩壁ということもあり、朝8時を過ぎても壁にはまったく日が当たりません。ひんやりとした空気の中で準備を始めます。
到着した時は誰もおらず、「人気ルートなのに貸し切り?」と少し驚きましたが、準備をしている間に続々とクライマーが集まってきました。やはり人気ルート。皆さん考えることは同じですね😆
Handegg : Fair Hands Line
TD- 6a > 5c, II, P2, 300m /前半5ピッチ(パートナーリード)
このルートの魅力は、花崗岩の様々な表情を一度に楽しめることです。緩やかなスラブ、コーナークラック、フェイス、そしてハンドクラック。10ピッチの中に次々と違う要素が現れ、最後まで飽きることがありません。前半5ピッチはパートナーがリード、私はフォローで登ります。
前半5ピッチ(パートナーリード)
- 1ピッチ目
朝早いせいか、岩は少し湿った印象。1箇所難しいところがあり、慎重に足を置いていきます。 - 2ピッチ目
美しいスラブを右から左へトラバース。ライン取りによって難易度が大きく変わるようで、もう少し登ってからトラバースした方が登りやすかったようです。こういう「正解が一つではない」ところが、アルパインルートっぽい面白さ。あとから他の記録を見ると、6a/6a+くらいの評価でした。 - 3ピッチ目
気持ちのいいコーナーを使ったクライミング。途中でカムを一本決めると安心感が一気に増します。ただ、このピッチの終了点だけは少し分かりづらく、2つボルトが打たれたところではなく、さらに先にあるリングボルトが終了点。初めて登る人にとっては分かりにくいと思います。 - 4ピッチ目
快適そのもの。 - 5ピッチ目
再びルートファインディング。どちらへ進むか迷いながらも、ルートを読みながら高度を上げていきます。ジムのクライミングでは味わえない、外岩ならではの時間です。
後半5ピッチ(リード)
後半5ピッチは私がリードを担当。ここから一気に緊張感が増しました。
- 6ピッチ目
スタート地点から次のボルトがまったく見えません。トポだけを頼りに右へトラバース。「本当にこっちで合っているのかな……。」そんな不安を抱えながら進むと、ようやく最初のボルトが現れました。そこから3mほど登り、ようやくクリップ。後でウェブサイトを調べると、右側に10mトラバースしてから直登、とのコメントがありました。極端に難しいわけではないけれど、やはり見えないボルトへ向かうのは毎回ドキドキします。 - 7ピッチ目(4c)
グレードほど簡単には感じませんでしたが、落ち着いて登れば問題ありません。 - 8ピッチ目(5b)
ここには、このルートを代表する約8mの美しいハンドクラックが待っています。ボルトはわずか一本。頼れるのは、自分でセットするカムだけです。本格的なハンドクラックをリードするのは、ほとんど初めて。一本ずつカムを決めながら登る時間は、スポーツクライミングでは味わえない緊張感と楽しさがありました。
ここからは、このルート最大の緊張感を伴う終盤です。
- 9ピッチ目(6a)
いよいよ核心。トポによっては、このピッチをルート全体の核心として紹介しているものもあります。小さなホールドをつなぎながら、右へトラバース気味に登っていくフェイス。ボルトの間隔は決して近くありません。必要に応じてスリングやカムを追加しながら慎重に高度を上げます。一見すると厳しそうですが、落ち着いて探せば手足を置ける場所はちゃんとあり、花崗岩らしい繊細なバランスを楽しめるピッチでした。 - 10ピッチ目(5a)
登っている最中は「5aなら気楽に終われるかな」と思っていたのですが……これが甘かった🤣私たちが持っていた『Dreams of Switzerland』では右側のラインを登るようになっていたため、そのまま右へ。ところがボルトはほとんど見当たらず、カムやナッツを決められる場所もなく、広く寝たスラブが続きます。「えっ、本当にここ?」思わず何度も周囲を見回してしまいました。この最後のピッチが、この日一番緊張しました。グレードだけ見れば5a。でも、スイスでのマルチピッチクライミングは数字だけでは測れない難しさがあります。最後は思わず声が出るほど集中して登り切りました。振り返ってみても、私にとっての核心は間違いなくこの10ピッチ目だったと思います。
あとでトポ『Schweiz Plaisir』を確認すると、Mummeryと同じライン、つまり左側のラインを登るルートになっていました。どうやらガイドブックによってラインの解釈が違っていたようです。どう見ても、こちらのMummeryと同じラインの方が易しく見えました😂
写真が少ない理由
終了点へ着いて景色を眺めながら、ふと気付きました。「あれ……今日はほとんど写真を撮っていない。」普段なら景色やルートを何枚も撮るのですが、この日はそんな余裕がありませんでした🤣それだけ登ることに集中していたということなのでしょう。ブログを書いている今になって少し後悔していますが、それだけ真剣に向き合えた一日だったとも言えます。
まさか、こんな場所で再会するとは
さらに驚いた出来事がありました。終了点で休憩していると、偶然にもイタリア人のクライミング友とばったり遭遇。広いスイスアルプスには数え切れないほどのマルチピッチルートがあります。その中で、同じ日、同じ時間、同じルートの終了点で出会うなんて、本当に偶然です。「えっ、なんでここにいるの?」お互い笑ってしまいました。こういう予想もしない再会があるのも、クライミングの面白いところです。
名物Gelmerbahn沿いを歩いて下山
Handeggエリアの下山も、このルートの楽しみのひとつです。一般的な登山道ではなく、急勾配で有名なGelmerbahnの線路脇に設けられた階段を歩いて下ります。観光客を乗せたケーブルカーが、まるでジェットコースターのような角度でゆっくり昇り降りしていく姿は迫力満点。乗っている人たちは楽しそうに歓声を上げています。
階段を下りながら振り返ると、つい先ほどまで登っていたFair Hands Lineがよく見えました。「あそこを登ってきたのか。」こうして客観的に見ると、最後のスラブも意外と寝て見えるのが不思議です🤣実際に立っている時の緊張感とは大違いでした。
スイス最後の一杯
長い階段を下り終え、駐車場へ戻ったのは16時頃。偶然再会したクライミング友も合流し、みんなで簡単な反省会です。近くの渓流で冷やしたビールが、この日一番のご褒美でした。谷間を流れる冷たい水で冷やしたビールは格別。暑さも疲れも、一気に吹き飛びます。
楽しい時間はあっという間。名残惜しさを感じながらも、ストラスブールへ向けて帰路につきました。途中で渋滞にはまり、到着したのは21時頃。まだ気温は35℃近くあり、アルプスの涼しさがどれほど快適だったかを改めて実感しました。
登ってみた感想
Fair Hands Lineは、スラブ、フェイス、クラックと変化に富み、「ミックス・プロテクション(Mixed Protection)*」ルートらしい魅力が凝縮された一本でした。単純なグレードだけでは測れない難しさがあり、ルートファインディングやプロテクションの判断も求められます。スポーツクライミングルートとはまったく違う面白さがあり、「登る」というより「ルートを攻略する」感覚に近いかもしれません。必要なカムは0.3〜1番程度。特にハンドクラックではカムがあると安心感が大きく違いました。個人的には必須だったと思います。
今回の遠征では、初心者を含むパーティーでBergseeschijenを登り、翌日はFair Hands Lineへ。同じ花崗岩でもまったく違う個性を持つ2本を続けて登ることができ、改めてグリムゼルエリアの奥深さを実感しました。「また来たい。」そう思わせてくれるルートが、スイスにはまだまだ数え切れないほどあります。
*ミックス・プロテクション(Mixed Protection):ボルト(固定プロテクション)とカムやナッツ(流動プロテクション)の両方を使うルート。
行動記録
歴史あるクラシックルートらしく、派手さはありませんが、スラブ・フェイス・クラックが絶妙なバランスで組み合わされた名ルートでした。グリムゼルでトラッドを含むマルチピッチを楽しみたい人には、自信を持っておすすめできる一本です。
0 件のコメント:
コメントを投稿